放課後SNS

5月に入ると、Skype(無料電話)の講習があります。

午後の生徒さんに、「Skypeの講習がありますが参加なさいませんか?」と申しましたら

「一人娘は、まだ出て行きそうにないのよ。 部屋の中からお互い携帯でメールしてるのよ。もぅそろそろ出て行って欲しいと主人も言ってましてね。。。」と。

itoito、深いため息が出ます。我が家も其々パソコンを抱えて、同じ部屋でメールしています。(><)

出て行って欲しい。。。とは恐くて言えません。(笑)

さてさて、放課後SNSを作りました。UP直前です。

は~~い! itoitoフレンドの皆さま

前のように、ご一緒に遊んで下さいね。

招待制です。

ご希望の方は、 info@pasocollege.com にメールを下さいね。

お待ちしています♪

今日は母の命日

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今日は、母の命日です。

丁度、目白校が廃校になった時でした。 目白校と馬場校が合流した月でした。

危ないと解ってはいても、主要スタッフが辞めた後をマユ・マミコと現スタッフのSチャンで乗り切っていた時ですから、告別式の時間に間に合わせるのがやっと。。。

母の恩を忘れる事は御座いません。

今日は、早朝に出掛けて来ました。

「薬王院」の牡丹の花を撮って来ました。

花が大好きでした。 自宅の庭に母は、一年中花を絶やす事はありませんでしたね。

そんな母に、好きだった牡丹の花を贈る為に♪

秩父での休日

曇り空の第3日曜日 本日は定休日也! (^.^)

子供の頃もそうでした。日曜日って聞くと目が早くに覚めてしまって。。。

今日も早い目覚めで、午前中の内に家事を済ませ12:30発のレッドアロー号に乗って秩父へ♪

この時間ですから、予約無しで特急券は取れました。所要時間1時間20分

西武秩父の駅から徒歩15分位で、この羊山公園に到着しましたが途中から雨がポツポツと降って来ましたね。

枝垂桜が満開です。バックには、秩父を代表するかの様な、石灰岩で有名な武甲山が見えます。採掘された後の地肌を覗かせた山肌を痛々しく感じます。

300円の入園料を払って、広い園内を暫く振りに散策。

普段歩く事が少ないitoitoには、格好のスポーツ?と言えるかも知れませんね。

帰路の駅に向かい始めた頃には太陽も顔を覗かせて参りました。

西武秩父の駅から、車で30分(ホテルの小型シャトルバスが出ています)の所に、「星音の湯」と言う温泉があります。

ここに寄って2時間遊んで参りました。新緑も優しく温泉の湯も体に優しく、良い休日になりましたね♪

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地図の検索をして見ましょう

//map.goo.ne.jp/

↑のサイトは、「goo地図」です。

都内23区の「昭和22年」「昭和38年」の頃の地図も表示されます。

今お住まいの所が、昭和22年の頃には、昭和38年の頃には、どんな風だったか。。。

驚きも御座います。

懐かしいかも知れませんね。

一度、ご覧になって見て下さいね♪

娘が彼を連れて来た日 その2

今回の登場は次女のマミコです。

マミコは、大学2年生の秋に初めてインド旅行を致しました。

この経緯を話せば長くなります。まるきちっちのインド旅行の件を見て頂く事にして。。。

子供を育てる母に、神様は命のスペアーを下さっても良いのではと思っています。心配の一つや二つ。。。そんな生半可な物では御座いませんね。(笑)

そのマミコが、2度目のインド旅行に行った時に出会った2君。

マミコは今回も一人旅。2君は卒業旅行で3人連れ。インド空港で出会ってから1週間合流の旅をしたそうです。(この時が運命の出逢い)

3回目のインド旅行は、大学3年の秋でした。この時も一人旅。旅発つ当日の朝早く、最寄駅まで急いで駆けて行くマミコを不思議な思いでみていました。

彼は自宅の最寄駅まで、お守りを届けに来ていたのです。それを知ったのは随分後の事でした。

3回目のインド旅行から帰国後直ぐに、マラリア騒動で入院。他の感染の疑いもあり個室に入ったマミコを見舞う長女・itoitoの友達から電話が入りました。

「病室にマミチャンの彼が来てるわよ。中々良い彼じゃない!」とitoitoの友達。

「マミコに彼がいたなんて。。。負けた! 良い子を選んで。。。」と長女。

この二人から、マミコの彼の存在を知らされたのです。

そして、退院祝いを兼ねて、彼を招いての快気祝いを致しました。

外面の良い主は、長女の時で慣れたのか、格好良く見せようと致します。

「素敵なパパ」を演じようとする努力が見え見えなのです。

この時に知りました。父親って相手によって態度を変えるのですね。

気持ちとは裏腹な態度を取り、それでまた自滅の道を歩む訳です。(これも父の性)

この彼とのお付き合いは結構長かったです。目白校にも手伝いに来たり、教室の調子の悪いパソコン達は、この彼の手によって蘇りましたね。 理系出身の彼はパソコンのエキスパートでしたから。

その後もマミコは度々2君を自宅に連れて来ました。

我が家の電気製品を直してくれる優しい男の子2君が、お気に入りの父になりました。

この彼とも終末を迎えますが、その時主は、「2君と別れたら今後誰が我が家の家電を直してくれるんだ!」と申しました。

マミコの事より、まず我が事。。。これが世の父の姿です。